三十代を迎え、責任あるプロジェクトを任されるようになった頃から、私の眠りは少しずつおかしくなっていきました。最初は、夜ベッドに入っても仕事のことが頭を駆け巡り、一時間以上寝付けない日が続きました。やがて、夜中の二時や三時にふと目が覚め、そこから朝まで悶々と過ごすようになり、ついには明け方の四時には目が冴えてしまい、絶望的な気持ちで天井を見つめるのが日課になっていました。日中のパフォーマンスは、目に見えて落ちていきました。会議中に強い眠気に襲われ、簡単なメールの文面を考えるのにも時間がかかる。集中力が続かず、ケアレスミスを連発し、上司に叱責される。そして、その夜、また「今夜も眠れなかったらどうしよう」という不安で眠れなくなる。まさに、負のスパイラルでした。ホットミルクを飲み、リラックス効果のあるアロマを焚き、寝る前にストレッチもしました。しかし、どれも気休めにしかなりません。心の中では、「これは自分の気合が足りないだけだ」「もっと頑張らなければ」と自分を追い詰めていました。「精神科」や「心療内科」という言葉が頭をよぎっても、「自分はそんなに弱くない」と、見て見ぬふりをしていました。転機となったのは、ある日の妻の一言でした。「最近、ずっとつらそうだね。眠りの相談に行ってみたら?病気じゃなくて、専門家にコツを教えてもらうくらいの気持ちでいいんじゃない」。その言葉に、私は張り詰めていた糸がぷつりと切れるのを感じました。そうだ、これは根性の問題じゃない。体のメカニズムが壊れているだけなんだ。専門の技術者に修理を頼むのと同じだ。そう気持ちを切り替えた私は、会社の近くにある心療内科のウェブサイトを検索し、予約の電話を入れました。初診の日、医師は私の話を遮ることなく、一時間近くもじっくりと聞いてくれました。そして、「よく頑張りましたね。つらかったでしょう」と静かに言ってくれました。その一言で、涙が溢れそうになったのを覚えています。適切な薬と生活指導を受け、私は少しずつ眠りを取り戻し、今では以前と同じように働くことができています。あの時、勇気を出して専門家の扉を叩いたことは、私の人生で最も賢明な選択の一つだったと確信しています。