熱中症は、単なる一時的な体調不良ではありません。重症度によっては、体の深部にまでダメージを残し、その回復には想像以上の時間とケアが必要になることがあります。特に、熱中症の初期症状として現れる「胃の気持ち悪さ」や「吐き気」は、胃腸が深刻なダメージを受けているサインであり、その機能が完全に元に戻るまでには、丁寧な段階的なケアが求められます。熱中症で胃腸がダメージを受ける主な原因は、体温を下げるために、体の血流が皮膚表面に集中し、相対的に消化管への血流が著しく減少することです。血流不足に陥った胃腸の粘膜は、いわば「虚血状態」となり、その機能が著しく低下します。消化吸収能力が落ちるだけでなく、粘膜のバリア機能も弱まり、腸内細菌のバランスが崩れることもあります。このダメージから回復するプロセスは、大きく三つのステップに分けることができます。第一ステップは、「徹底的なクールダウンと水分・電解質の補給」です。まずは、体の熱を下げ、消化管への血流を回復させることが最優先です。涼しい場所で安静にし、点滴に近い成分の経口補水液を、胃に負担をかけないように少量ずつ、こまめに摂取します。この段階で焦って固形物を摂るのは禁物です。第二ステップは、「消化の良いものからの食事再開」です。吐き気が治まり、胃の不快感が和らいできたら、食事を再開します。しかし、いきなり普段通りの食事に戻してはいけません。ダメージを受けた胃腸に、いきなり重労働をさせるようなものです。おかゆ、スープ、豆腐、ゼリーなど、極めて消化の良いものから始めます。胃腸の調子を見ながら、徐々に煮込んだうどん、白身魚、鶏のささみなど、柔らかく、脂質の少ないタンパク質を加えていきます。第三ステップは、「通常食への完全移行」です。胃腸の機能が回復し、普通量の食事が問題なく摂れるようになるまでには、数日から、場合によっては一週間以上かかることもあります。この間、油っこい食事や香辛料、アルコールなどの刺激物は、胃腸の負担となるため、引き続き避けるべきです。熱中症は、治ったと思っても、見えないところで胃腸はまだ疲弊しています。その声に耳を傾け、焦らず、段階を踏んで回復させていくことが、完全な健康を取り戻すための鍵となるのです。
熱中症による胃腸のダメージ。回復までの道のり