不眠症の治療というと、すぐに睡眠薬を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、実は薬物療法と並ぶもう一つの強力な治療法として、世界的に標準的な治療と位置づけられているのが「不眠症のための認知行動療法(CBT-I)」です。薬に頼りたくない方や、より根本的な解決を目指したい方にとって、この治療法は非常に有効な選択肢となります。認知行動療法とは、私たちの気分や行動に影響を与えている「認知(考え方や物事の捉え方)」と「行動」のパターンに働きかけ、それをより良い方向へ修正していく心理療法です。CBT-Iは、これを不眠症に特化させたプログラムで、不眠を維持・悪化させている悪循環を断ち切ることを目的とします。具体的には、主に三つの柱で構成されています。一つ目は「睡眠衛生指導」です。これは、正しい睡眠習慣に関する知識を学び、実践することです。例えば、就寝・起床時刻を一定にする、寝る前のカフェインやアルコールを避ける、寝室の環境を整える、といった基本的な生活習慣の改善が含まれます。二つ目は、中心的な役割を果たす「行動療法」です。代表的なものに「刺激制御法」と「睡眠制限法」があります。刺激制御法は、「ベッド=眠れない場所」という脳の誤った学習を修正するため、「眠くなってからベッドに入る」「ベッドの上で眠る以外の活動(スマホ、読書など)はしない」といったルールを徹底します。睡眠制限法は、あえてベッドで過ごす時間を実際の睡眠時間に近づけるまで短く制限し、睡眠の効率を高めていく方法です。そして三つ目が「認知療法」です。「8時間眠らなければダメだ」「今夜も眠れなかったら、明日は最悪な一日になる」といった、睡眠に対する非現実的な期待や、破局的な考え方(認知のゆがみ)を見つけ出し、それが本当に正しいのかを客観的に検証し、より柔軟で現実的な考え方に修正していく作業です。これらのアプローチを専門家(医師や臨床心理士)の指導のもと、数週間にわたって実践することで、多くの人が薬に頼らずとも、自力で眠れる力を取り戻すことができます。その効果は薬物療法に匹敵し、治療後も効果が持続しやすいことが科学的に証明されています。