不眠症の治療と聞いて、多くの人が真っ先に思い浮かべ、そして同時に不安を感じるのが「睡眠薬」の存在ではないでしょうか。「一度飲み始めたらやめられなくなるのでは(依存)」「副作用が怖い」「だんだん効かなくなるのでは(耐性)」。こうしたネガティブなイメージから、薬物療法に強い抵抗感を抱く方は少なくありません。しかし、そのイメージは、一昔前の古い情報に基づいている可能性があります。現代の睡眠薬治療は、安全性と効果のバランスを重視し、大きく進化しているのです。確かに、かつて主流だったバルビツール酸系や、一部のベンゾジアゼピン系の睡眠薬には、依存性やふらつき、翌日への持ち越しといった副作用が問題となることがありました。しかし、現在、不眠症治療の第一選択薬として用いられることが多いのは、「非ベンゾジアゼピン系睡眠薬」や「メラトニン受容体作動薬」、「オレキシン受容体拮抗薬」といった、より安全性が高く、依存のリスクが少ない新しいタイプの薬です。これらの薬は、脳内の特定の物質にだけ作用することで、自然な眠りに近い状態を導き出すように設計されています。また、睡眠薬には、作用時間の違いによっていくつかの種類があります。寝つきが悪い「入眠障害」には、すぐに効果が現れて翌朝には残りにくい「超短時間型」や「短時間型」が、夜中に何度も目が覚める「中途覚醒」には、もう少し長く効果が続く「中間型」が用いられるなど、専門医は患者さんの不眠のタイプに合わせて、最適な薬を的確に使い分けます。治療の原則は、「必要最小量から始め、漫然と続けない」ことです。睡眠薬は、あくまでつらい不眠症状を一時的に緩和し、生活リズムを整えるための「補助輪」のようなものです。薬物療法と並行して、生活習慣の改善や、後述する認知行動療法といった根本的な治療を進めていくことが重要です。専門医の指導のもと、用法・用量を守って正しく使用すれば、睡眠薬は依存を恐れるべき怖い薬ではなく、快適な睡眠を取り戻すための心強い味方となってくれるのです。